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愚痴を聞きたくない or 言いたいストレスをどうする?

愚痴は言う方も聞く方もストレスになる

愚痴を聞きたくない 

「愚痴」って聞くと、どんなイメージを持ちますか? なんだかネチネチとしたイヤーな気持ちになる人も多いですかね。
愚痴の意味を調べてみました。

「仏教用語。愚かなこと。無知によって惑わされ,すべての事象に関してその真理をみない心の状態をいう。」 コトバンクより

「① 言ってもしかたがないことを言って嘆くこと。 「 -を言う」 「 -をこぼす」 ② 〘仏〙 三毒の一。物事正しく認識したり判断したりできないこと。愚かであること。また、そのさま。痴。癡。 ーWeblo辞書より

なるほど。仏教用語なのですね。
物事に対する認識がずれていて、解決しようもないことに固執している様子を表しているのですね。 固執って、執着ともいえますね。…それは、聞きたくない(笑)

でも、人って、どうしても愚痴を言いたい時ってありますよね。 愚痴を聞かされる方と、言いたい方が、どうしていけばよいのかと、私なりに考えてみたことを書きますね。

 

まずは愚痴を聞く側の対処・愚痴を疲れずに聞くには


愚痴って、できれば聞きたくないものです。 聞くと疲れてしまいます。 なぜ、疲れてしまうのでしょう?

愚痴を発する時の人って、すごく重たーい「氣」を放っています。 人って、見えはしませんが、「氣」に非常に左右されています。

明るい人のそばにいると自分も明るい気持ちになってきたり、逆にいつも怒っているような人のそばにいると不安になったりイライラしたり…。周りの「氣」に、知らず知らず振り回されています。
もちろん、そういうものに全く振り回されない方もいるのですが、日本人の傾向として、この「氣」に対しては敏感な方は多いと感じます。

さてさて、その愚痴を言う方の重たい「氣」。 そばにいて聞いていると、自分の「氣」にも入ってきて、自分が沈んでいく感じがします。
あ、ヒントが出ました(笑)

そう。相手の重たい「氣」を、自分に取り入れてしまって、しんどくなっているんです。

なぜ、取り入れてしまうんでしょう。それは、「相手に何らかの期待をしているから」なんです。

愚痴を聞いている側が、「こうすればいいのに~」などの、相手にこうあって欲しいという思いを、持ってしまっているからなんですね。   通常、対等な関係だったら、こういう(なんとかしたい・してほしい)思いがあっても、お互いに交流してバランスがとれます。 が、愚痴を言いたい聞いて欲しいという一方的な関係の時では、交流が成り立たず、なんとかしようとする側が奪われることになりやすいのです。

だから、愚痴を聞く側が気を付けなければいけないのは、相手に期待しないこと。 あくまで、「どうしていきたいか」「どうするか」は、相手が決める事と思って、ただ聞くこと。 「無」の状態です。 誤解しないでくださいね。これは、冷たく突き放すということではないのです。むしろ逆! 相手の可能性を信じて、結果は相手に任せる。そのほうが相手との依存関係も作らず、良好な関係を保てます。

 

愚痴を言いたい側の対処・愚痴を聞いてもらうには


生きていたら、愚痴を言いたい時ってありますよね。 でも、聞いて欲しい人に聞いてもらえない時もあるかと思います。または、愚痴を言いたいけれど、相手に悪いと思って、言えずにいたり…。
そういう時は、まずは、自分は「なぜ、愚痴を聞いてもらいたいのか」ということを、明確にしましょう。

そもそも愚痴を言いたくなる時というのは、自分ではどうにもできない、変えたいけれど変えられない状況がある時です。そんな中で、「自分の中にたまった不満や不安・鬱憤を誰かに聞いて欲しい。自分の気持ちを受け止めてほしい。」…愚痴を聞いてもらいたいのは、そんな理由からが多いのではないでしょうか。

つまり聞いてもらうことで、「自分を受け止めてほしい。」 と、いうことは…。相手に求めているのは、「自分への承認」ですね。 愚痴が出る時って、自分の存在が揺らいでいる時なんですよ。

なので、「私は私でいいよね?」「間違ってないよね?」って受け入れてほしい気持ちが一番です。よく愚痴は聞いてくれるだけでいい。解決策は欲しくない。と言いますが、そもそも目の前の物事を解決したいわけではないんです。 そして、さらに大事なのは、なぜ「自分への承認」が必要なのかをはっきり自覚することです。

それは「安心したい。」「ほっとしたい。」という気持ちがあるのではないでしょうか。 愚痴を言いたいときというのは、重たい「氣」が自分の中に渦巻いています。気持ちが沈んでしまっていて、それをどうにか吐き出して、楽になりたいんです。

でも、だからこそ「楽にして~!!」って相手に求めるのは、間違っています。楽になるかどうかは、自分の気持ち次第なんですから。

しかも、自分の中の重たい「氣」を、相手に「どうにかしてくれ」って渡そうとしてしまうと、自分も相手も重たくなってしまい、お互いにしんどい状態を続けてしまいます。 なので、愚痴を聞かされる側の対処の時と同じく、言う側も、「相手に期待しない」という心構えが大事かと思いますね。

相手に期待することなく、ただただ「いまは、自分を楽にするために、氣を吐き出している状態なんだ。」「それをこの人は手伝ってくれてるんだな」と、感謝の気持ちを持って聞いてくれる相手と関わることで、言う方も楽になります。 相手に愚痴を聞かせてしまうのも悪いな…と、思って、日ごろ自分の内側に色々と溜め込んでしまっている人も、上記の様な気持ちを持つことで、言いやすくもなるのではないでしょうか。 愚痴は言わないにこしたことはないけれど、言わないと自分がつぶれてしまう時もあります。だからこそ、上手に言いましょう。

 

まとめ


愚痴は、言う方も聞く方も、しんどいものです。
でも、どうしても愚痴りたい時は、あるもの。 愚痴を、ちょっとでも楽に言えたり、聞けたりするには、双方とも「相手に期待しない」という気持ちがあるかないかで、大きく変わります。

人との関わりをエネルギーの交流と考えるなら、「期待」を除くことで、素直な交流が生まれます。   もし、「相手に期待しない」とうことが難しいと感じたら(…特に親子関係とか難しいかも)、相手に対して尊敬の感情を、意識的に持ってみてください。 「この人のこういうところ、すごいわ~」って、尊敬の感情を持つことで「相手に何かをしてほしい」「自分が何とかしなければ」状態からは、比較的脱しやすいです。
おためしくださいね。

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